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As you know, "Pianist/Composer/Surgeon"

武相荘へ  

 以前から第二次世界大戦後の激動期に生きた白洲次郎のファンで、彼が白洲正子と晩年を過ごした「武相荘」(ぶあいそう)を一度訪ねてみたいなと思っていた。ただ、呼び名の元となった、武蔵と相模の間にあるこの地は、鉄道網の発達した現代でも東京の中心部からかなり外れているので、なかなか行くことはかなわず。だけど、僕自身が今置かれている状況とも重ねあわせ、思い切って足を延ばしてみることに。
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 地下鉄と電車を乗り継いで、小田急電鉄鶴川駅へ。そこからバスに乗り、最寄りの停留所から歩くことしばし。武相荘の入り口に辿り着いた。今では住宅が立ち並んでいるけど、戦後間もない時期には牧歌的な田園風景が拡がっていたとのこと。もともと、第二次世界大戦の戦況が思わしくないのをいち早く察知した白洲次郎が、疎開目的と食料自給のためにこの地を選んだとも。入り口から少し歩くと、懐かしい里山的な風景が。
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 ここは京都の嵯峨野?と見紛うような美しい竹やぶを踏み分けていくと・・・
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 芝高輪の泉岳寺近くのお屋敷から移築されたという長屋門が目に飛び込んでくる。そして、その脇には・・
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 NHKのドラマにも使われたというクラシックカーが展示されている。これは白洲次郎が若かりし頃に乗っていた車とほぼ同型のものだそうな。そして、長屋門をくぐると・・
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 母屋へ向かう石畳と、周囲の自然と完全に溶け込んだ樹木。その幹近くには、こんな看板が。
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 晩年の白洲次郎が心血を注いだ軽井沢ゴルフ倶楽部で生まれた名言「Play Fast」。階段を昇っていくと、今は第2ギャラリーとなっているスペースがある。
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 まるで映画の1シーンを彷彿とさせる、アンティーク家具をしつらえたバー。こういうところで、マッサンじゃないけど、ウイスキーを飲んでみたいね。
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 その後は、母屋を見学。重厚な農家の建物を白洲次郎&正子流に改造した作り。カントリー・ジェントルマンとしての生き様を真に感じることができる。縁側前は庭園と呼ぶようなものではなく、まさに里山の中に隠遁して住まう、日本的な雰囲気。周囲を散策することもでき、そこには様々な木々が絶妙なバランスで生い茂っている。白洲次郎が生きた時代に想いを馳せながら、これからの自分に関しても色々と考えることができた稀有な時間。
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 その後は併設されているレストランでランチをとることに。
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 その昔、シンガポールの邸宅で供されたカレーレシピを元に、白洲家で実際に食べられていたものを再現。野菜嫌いの白洲次郎がカレーに添えられたキャベツは残さず食べたというエピソードから、ライス横には千切りのキャベツ。
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 こういう銀の器でサーブされると、カレーもまた違った味わいに。ココナツミルクベースの冷製スープも、様々な香辛料が溶け込んだカレーの辛さを中和するのにぴったり。
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 ビーフではなく、海老がメインというのもバランスよし。白ワインとの相性もグー。マイウ〜ってカジュアルに表現するのが恥ずかしくなるよう。
 この食事もそうなんだけど、武相荘の中にある一つ一つのものが妙に主張し過ぎることなく、全てが上手く調和している。でも、そこには誰かに阿ることのない、ひとつのプリンシプルで貫かれたスピリットが脈々と受け継がれていた。僕にとっては、それこそが今求めていたものなんだと思い、再び喧騒の雑踏へ戻って行った。