斎場御嶽を出た後、すぐに那覇方面へ帰るのも面白くないなあ・・と思いつつ、太平洋を右手に見ながら国道331号線〜329号線を北上。すると、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つである、中城城跡(なかぐすくじょうあと)を見つけた。小高い山へ続く道を昇っていくと・・・
山頂付近に、要塞みたいな城壁が見えてきた。
黒船に乗ってきたペリー提督も賞賛したという、アーチ式の「裏門」から中へ。
「北の郭」から階段を上がって中へ。基本的には石垣が残っているだけなんだけど、特徴的な石積みによる造形美によって独特の雰囲気を醸し出している。
中世沖縄の歴史舞台となったのも頷ける。ここから南西方向には那覇の首里城があり、西方向には東シナ海を臨むことができる。
正殿のあった「一の郭」。まさに、『兵どもが夢の跡』といった寂寥感が漂う。ここから、東に向き直ると・・
美しい曲線を描いた石垣から太平洋が眼前に。
海側に更に目を向けると、中城湾から突き出た半島(写真左上)の端っこは、斎場御嶽〜久高島があるところ。
太平洋と東シナ海、両方を見渡せるポイントであり、沖縄の聖地や首里城からもほど近い。今となっては風光明媚な観光地ではあるけど、逆に言えば沖縄というところがそれだけ戦略的な要衝であるということだ。中城城を出てホテルまでの道中は、左側には普天間飛行場を、右側にはキャンプフォスターを見ながら、その後は巨大な嘉手納基地に添ってという、まさに米軍基地の中を抜けていく行程だった。
(写真はキャンプフォスターにはためく日章旗と星条旗)
先の大戦による様々な歪みを沖縄が今も抱えている現状は、現地に行ってみると肌感覚でわかる。ただ、市井の人々の意見を聞いてみると、経済的な効果も無視できないものがあり、そういうことも含めての歪みをどのように解消していくのか、今後の課題だと思う。
このシーサーが沖縄を巡る様々な災いを振り払ってくれることを祈りつつ、先へと車を走らせた。