朝5時半に山形を出て、除雪車に続いて大雪の中を移動。宮城県に入るまでは山形道を何とか走行できたが、地震のため橋が渡れなくなり地道へ降りる。コンビニ・ガソリンスタンドはほぼ閉鎖されており、朝から給油を待つ長い車列ができている。3時間かかって、何とか目的地の仙台医療センターへ到着。
救急入り口には、前夜までの苦闘の痕跡が。受診した患者さんたちの伝言板。ある意味、自分が無事であることのメッセージだ。帰宅できない職員が廊下で雑魚寝をしていたらしく、数多くの毛布類が散乱している。カロリーメイト1本、薄いお粥を二口程度の食事で頑張っていたそう。その場を見るだけで、胸にこみ上げてくるものがある。
各地から集結した救援チームと合流して、とりあえず診療支援を始める。横浜・大阪・神戸の第一次チームは、とにかく仙台へ・・とだけ言われて右も左もわからない中で、とりあえずの形をつくってきた。見るからに疲労困憊の様子。第二次となる我々のミッションは、それをどう発展させ、足らない部分を補っていくか。一見平静を取り戻しつつあるように見える中で、まだまだ手探りの状態は続いている。