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Oui! Friends..

As you know, "Pianist/Composer/Surgeon"

棚田内観  

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 先日、旭川ダム川沿いの道を走行してたら、土砂崩れがあって通行止めに。やむなく、迂回路を進むことにしたところ、これが県道か?っていうようなアドベンチャーロードに迷い込んでしまった。しかし、怪我の功名ともいうべきか、小規模ながらも美しい棚田を次々に発見。気分的には凹み系だったけど、一気にテンションが上昇し、そうなったら日本の棚田百選にも選ばれている美咲町大垪和まで足を伸ばそう!と思い立った。
 田んぼって、四季折々で様々な表情を見せる。田植えの時期には田んぼに引きこまれた水の面が、そして収穫の時期には黄金に輝く稲穂が美しい。初秋の今頃は、植え付けの時期によって稲の育ち具合が微妙に異なるため、水田毎に緑の濃さが変わってくる。棚田の場合、水田の面積が比較的小さく、山の斜面に沿った曲線を描いているので、棚田毎に緑のコントラストがついて見事な絵模様となっていた。稲作には適していない場所を敢えて開墾し、今もきちんと維持されているからこその美しい風景。
 やっぱりなあ・・最近、続けていくことの大変さに少々押しつぶされてるところもあって、ふと自分を省みる。自分なりに大事にしているつもりでも、時の流れによって少しずつ櫛の歯が欠けてくるような状況に直面する。それなら、また新しい櫛を買えばいいさ・・とか、いっそのこと櫛は止めてブラシに変えよう・・とか、いわゆる前向きな判断を下すことは簡単だ。でも、本当にそれでいいのか?と問う自分もいる。たぶん、僕が棚田に魅了されるのは、そういう逡巡を超えて、「やっぱりここで米をつくる」っていう決意が見えるからなんだろうと思う。
 さて、どうしたもんじゃろの?(^^)(by とと姉ちゃん
 

庭のタイムマシン  

 母が亡くなってから2年数ヶ月。少しずつ実家の片付けを今も続けているんだけど、大変なのが庭の手入れ。父母二人が存命中は、木々の剪定や水やりは勿論のこと、週末になると芝生の刈りこみをしていた。僕が子供の頃、庭一面の芝生は転んでも怪我をしない格好の遊び場だった。昨年末のライブ時、下校後に学校近くの洞穴で生活してた・・と話して皆さんに笑われちゃったけど、父が所有していた昔ながらの三角形テントを実家の庭に張って、そこで暮らしてたこともある(笑)。まあ、日常的にアウトドアな生活があったから、大人になってからキャンプとか全然興味が湧かなかったけど。
 そんな芝生も、手入れがなかなか行き届かずだんだんと枯れてきたのと、雑草の温床になってきたため、数年前に思い切って処分した。芝生がなくなり、土が露出した庭を見ると残念な気持ちにはなったけど、他の木々を含めてきちんと管理していくためには致し方なかった。ただ、庭の端っこの方にはなかなか手が付けられず、春になると自然に様々な雑草が生い茂ってくる。
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 その中に、数本のアヤメが咲いている。恐らく、母が植えたものなのだろう。他にも今の季節には、サツキや白椿も花を咲かせていた。
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 時はいつのまにか過ぎていくけど、季節毎に花は咲き、それがまた繰り返されていく。ふと、東日本大震災の応援歌「花は咲く」の一節が頭に浮かんだ。「花は 花は 花は 咲く わたしは何を残しただろう」?
 その後も庭にしゃがみ込んだまま、雑草を抜いては根から土をふるい落とすという単純作業を延々と続けていく。午後の日射しが照りつける中、だんだんと何も考えなくなり、ひたすら草取りに没頭。1時間ほど経過し、そろそろしんどくなってきたな・・と腰を上げようとしたところ、地面に光るものを見つけた。あ、ビー玉だ・・・
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 子供の頃、芝生の上で転げまわって遊んでいた時に、たぶん僕が落としたものだろう。四十年以上の時を経て見つけたビー玉。妙に嬉しくなって、サツキの花びらを添えて写真を撮ってみた。ビー玉の表面はいささか汚れているけど、太陽の光が斑に反射して綺麗だった。この庭にはまだ色々なものが残っていて、それを僕が見つけてないだけなんだなと。ビー玉をそっと地面に置き、そこだけは雑草を残しておいた。

御用納め in 2015  

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 今年は暦通り、28日で御用納め。ただ、例年のように、一年が終ったなあ・・・っていう感慨に乏しい。というのも、越年の案件が結構あって、今も on going 状態なのと、仕事面での達成感がイマイチだからじゃないのかなって思う。
 具体的な目標に対してはきちんと成果を得ることができたし、数値的にもまずまず。医療を取り巻く社会情勢が厳しくなる中、まあまあの結果だとは思うけど、何故こんなにモヤモヤしているのか?と自問自答し、ふと頭の中に浮かんだのは・・・

 『夢がないんだよなあ〜』

 下半期のテレビドラマで高い視聴率をとった「下町ロケット」じゃないけど、たとえ仕事としては単純作業ではあっても、その先に『夢』がないと元気が出ない。医療って特に人の命と直結しているから、その気になれば『夢』はいくらでも膨らむはず。だけど、現実的には医療スタッフが各自の『夢』を持ちづらくなっているし、互いに語り合うことも少なくなった。専門や立場に応じて小さなグループに住み分け、皆が目先の具体的な目標をとりあえず追うことに汲々としている。恐らく、気づかないうちに僕もそんな落とし穴に落ちちゃってるんだろう。
 上の写真は、5月に高崎へ行った時に立ち寄った「少林山・達磨寺」で撮影したもの。縁起だるまの発祥地で、願い事が成就した後のだるまが数多く供養されている。世の中にはこれだけ様々な願い事があるわけで、それぞれがまだ見ぬ『夢』に繋がるようなものだったらいいなあって思う。

七夕の夜に  

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 夕方の会議が終了して一息つこうと思い、今朝ITMSで新たに購入したCD音源を聴きながら、少しだけボーっとしてた。巷で流れている最近の音楽にはいささか懐疑的だったのもあり、幸運にも今の自分が求めているサウンドに巡り会えたのは七夕だから?って。
 そう言えば、日々の忙しさにかまけて、こういう巡り会いがあったらいいなあ・・とか殆ど考えてなかったかも。で、いつしか巡り会うこともなくなり、何となく距離ができて、そのままになってたり。拠ん所ない事情で離れて行かざるを得なくなったり。
 こんなことをグルグル考えてるうちに、徐々に七夕の夜も更けていく。ふとしたきっかけで、どこかで誰かがちょこっとでも僕のことを思い出してくれたら・・そんなささやかな巡り会いがあるといいなと思いつつ。

一年が過ぎ  

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 2週間ぶりのブログ更新(^^)。この間、様々な出来事があり、考えさせられる場面が多かった。一番には、やはり喪が明けたってこと。昨年、ただ一人の肉親とも言うべき母が亡くなってからもう1年。一周忌の法事を終えた後、自分の中である種こだわっていた部分がゆっくりと氷解していくような思いがした。
 この哀しみはどうせ誰にもわかってもらえない・・こんな時にどうして謂れ無きプレッシャーをかけられるのか?・・ならば、絶対に乗り越えないといけない!・・と、つい連鎖反応的に考えてしまう。一見前向きなようだけど、どこにも開かれない負の円環。殊更追い詰められているように感じていたのは、恐らく自分に原因があったから。哀しみの中に逃れていれば逆に楽だったし、引き籠もることで自分を守ろうとしていた。
 時間が経つにつれて穏やかな気持ちになり、それと共に自分の意識が少しずつ変わっていった。もう少し別な角度から見てみよう。そう、新年のお祝いをしない喪中の正月も格別悪くはない。そんなふうに考えることができるようになった頃、一周忌が来ようとしていた。
 喪が明けたからといって、さあ、自粛していた分ドンチャンやるぞ!とは全然考えてなくて(笑)、しばらくは1年間の経験をもとに無理せずスローペースでやっていくつもり。まあ、その内否が応でも風上に立たざるを得なくなるだろうし(^^)。

Spider Web  

 本当に真夏なのか?と思うくらい、すっきりした青空を見なくなって久しい。それに伴い、何となく調子が上がらぬ日々が続く。昨日も、外出しようとした際にいきなりのゲリラ雨。まいったなあ・・・と幾分気落ちしつつ、雨が上がった隙に乗じて行動する。
 それまでは幾分うなだれ気味に歩いていたけど、ふと木陰から空を見上げてみた。小さな雨粒が光を放ち、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。え、これは何?蜘蛛の巣?
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 そう、空中に漂う光の中心地にいたのは二匹の蜘蛛。いつもなら忌み嫌う存在なのに、雨上がりの刹那、凹みがちなボクに美しい光景をプレゼントしてくれた。そっか、これも別な意味で蜘蛛の巣に囚われちゃったってことなのかなあ?なんて考えながら、その場を後にした。

天上から臨む花火は  

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年度初めからの疲れもあってか、毎年8月になると調子が悪くなる。自分ではよかれと思ってやってるけど、結果が伴わないことが多い。ま、長くやってりゃそういうこともあるんじゃない?と楽観的に考えつつ、いつものように前向きにやろうとしてもやはり空回り。かえって泥沼に陥る傾向かな。ただ、天上から見ればこんなことはたいしたことじゃないんだろうね(笑)。例年と同じく、今晩の花火も多くの人々の笑顔を照らしたに違いないから。

Route 53  

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今日は分刻みのスケジュール。でも、予定していたことは一応できたので、ほっと一安心。こうやって少しずつ現実に戻っていくのかな。
写真は旧国道53号線と笹ヶ瀬川が並走するあたりの夜景。日常空間の中に、ぽっかり開いた別世界への入り口みたいな感じで、僕の好きなビューポイント。ただ、思わずこのまま底の深い淵に吸い込まれそうな気がするので注意が必要(笑)。そう、ちゃんと留まっておかないとね。